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2004.08.30

フリークス

トッド・ブラウニングの映画的なそのものの意味ではなくて、
“異能”というような意味でよく使ってるんだけど。

個人的には、例えば、
バランスの取れてるような選手にはほとんど魅力を感じず、
どこか極端に偏ってたり、“変”だったりという、
長所なのか欠陥なのかよくわからないけれど、
とにかく人の違和感を、喚起し続けられる特徴を持つ選手、
いわば、人格的なことなんかはどうだっていいのであって、
むしろ日常においては、愚だったり陰だったりするのに、
ピッチの中では、悪魔と取り引きでもしてるかのごとき、
異様な覚醒感や美しさに輝く選手、
欠落と裏腹の、
それしかない、でもそれで全てを決することさえできる、
要するに、フリークス的な才を持つ選手を、
溺愛する傾向にあるというわけだ。

まぁ、単純に言うと、それが良かろうが悪かろうが、
どんなことを次にしてくるのか予想のつきにくい、
つまり、わけのわかんない選手が大好きなのだけど、
現在は、ここ数年で何度もプレーを見るようになった、
江東区出身、梶山陽平が特別のお気に入りである。
いや、極端な話をすれば、たとえチームがどうあろうと、
彼がフリーキーな輝きを、それもチラとでも放てば、
それだけでOKだったりする。
紛れもないミーハー。立派サポーターに比してのクズ。
けれど爺は別扱いとして、
尾亦弘友希の“左足”以来の偏愛なので、
クズと言われたって気にしない。
講釈や啓蒙での“自己実現”なんてどうでもいいし。
そうそう、嫌いなチームにいたエヂムンドだって、
変わることないアイドルであり続けてるわけだし。

ということで、昨晩。
常に奴中心にしか見てないがために、
右へのトラップ段階から、向かってゴール左隅へ、
ボールが吸い込まれていくまでの一部始終を、
目の前で全てしっかり見ることができた時は、
“早く選手交替して出せよ”とイライラしてた、
その10分ぐらい前までとは打って変わって、
ひたすらヘラヘラしてた。らりって。
お立ち台での、
「ゴールできそうな感じがあったんで」も、よし。
“感じ”のない選手は、所詮そういう選手でしかない。

ちなみに、”変“ということで言えば、
誰にでもわかる”変“というのは、“変”ではない。
一見“変”には見えない、ごく普通のところにこそ、
実は大きな“変”があることが多い。
「聖なるものは最も予期せぬ所に侵入する」のである。

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