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2012.02.23

大量点

まぁ、たまたま「大量点」な結果になったらしいんで、
そりゃラッキーなことではあったけれど、
個人的には「大量点」なんてどーでも良かったし、
これからもどーでもいい。
基本、大量点な試合ってえのは、
つまんないこと夥しいからである。

というか、フットボールには、
勝ち、負け、引き分けの試合はあっても、
「大量点を取らなければいけない試合」なんてものはない。
例えば「引き分けなければいけない試合」ってのは確かにある。
けれど、抽象的な「多くの点」を取らなきゃいけない試合、
なんてあるわけもない。
例のシリア戦以降の、大量点連呼にはずっと、
“ナメてんじゃねーよ”と思ってた。

仮に得失点差や総得点差でオリンピックに行けなかったとする。
しょうがねえや、以外に何かある?
だってシリア戦を分けで閉めることができなかったんだから、
それは出られなかったら、
そこまでの力だった、ってだけのことだ。
もちろん点数差だったら運がないと思うよ。
でも運がなかったらそっから先はどうしようもない。
そりゃフットボール好きにとっちゃあ、
自国が出てない大会は淋しいけど
いつも当たり前のように席があると思うのは、
それはまたそれで何様のつもりだよって話だしな。
だからシリアに負けたって、
「ま、そういうこともあらあな」、と。

「大量点を取らなければいけない」、てのは、
そこですでにスタンスが崩れてる。
スタンスを崩したらヘタすりゃ無用なケガ人だって出る。
むしろそっちの方が怖い。
つうか、そもそも「負け」ってのもプランに入ってなきゃ、
それはプランじゃない。
負けていきなり挽回のための大量点、って、普通は、
バカ?って言われるだけのこと。
戦時中の大本営、みたいなもんですね。悲しいことだけど。

「大量点を取らなければいけない試合」なんて、
そんなものは当事者にはまったく関係がないだろうね。
やっぱり勝つか、負けるか、分けるか、それだけだ。
だから、’78年のW杯でああいうことをしたあるへんは、
いかにその後名選手が出ようと、
いまだに好きになれるわけもないし
(知らない人は調べてねー。有名な事件なんで)
ま、そういう風に見られることになっただけで、
チームの人間にとっては何の益にもなんないわな。

ハンガリー戦で前園が、
“まだ(点が)足りない?”って表情をしてたのを思い出す…
あの試合はジャイアント・キリングのゲームよりも、
はるかに心に残るゲームだった。

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