ライク・サムワン・イン・ラブ
見てすぐ文句なしに今年のベスト1と決定された、
キアロスタミの傑作。
とにかく、そこかしこにトラップが仕込まれてて、
わかった気分になった先から、
次々とスカされていく。
例えばタカシが眠りかけるシーン。
“あれ? もしかして爺さん死ぬのか?”
車はいけしゃあしゃあと、
無事故で家に戻ってくる。
例えば隣家のキャラ濃厚な中年婦人や、
彼女が面倒を見ている弟…から、
階段の内部…に至るまで、
あえて見せないことで物語の奥行きを広げて…
“あれ? 絵で見せちゃうの?”
まー食えない狸ジジイ(監督)だこと。
というのが第一印象。
日本での撮影という、
本来なら不自由であるべき映画のポイントを、
逆に武器として使っている。何だそりゃ。
よく考えるとあり得ないような“ふつう”。
そいつが淡々と並べられることで、
獲得されているリアリティ。
音はあくまでも生々しく、
反対に、物語の時とか場所とかは、
ぼかされていたり混ぜこぜになっていたり。
言っとくけど、全部意識的だからね。
確信犯のトラップ。
そして、あれこれ、多彩な細部に気を取られているうちに、
全く予測もつかないところへと、
運ばれてしまっている自分に気がつく。
あの破壊音に引き裂かれない人はないだろうし、
エンドロールのタイミングに驚かない人もいないはず。
自分がどこにいるのか、何を見ているのか、
わからないスリルの連続、持続。
でもそれが、
映画ってやつじゃないんでしょうか?