2008.04.01
2008.03.19
AKY
何で“KY”が「め」で、
“AKY”が「ま」なのか、
よくわからないものの、
ケンカ売ってる感の強い、
AKYの方が、
より好感が持てるのは何で?
年のせい以外の、
何物でもないと思うんだけど、
最近沸点が異様に低くて、
正直自分でも戸惑ってる。
妄想が強いのかもしれない。
とすりゃ統合失調?
2008.02.01
2007.10.29
2007.10.24
請託名
請託名都市生活、
ってのを今日見かけたのだけれど、
請託名都市生活、
ってのは何だ?
ちょっと考えてみたのだけれど、
たぶんキーボードで“ぜいたくな”と打とうとして、
“せいたくな”と打って漢字変換してしまったのだと、
思われることを発見した。確認済。
ちなみに請託の意味は、“内々で特別の配慮を請う、
特に公務員に対して一定の職務行為を行うよう、
依頼すること”、らしい。
請託して名都市生活を送ろう!
2007.09.06
2007.07.13
今週2度目の登場
となる事務所のAだけど、
今日はブツブツ、
「えーと…“お金のエンが切れ目のエン”、
じゃなかったでしたっけ?」
何だよそれ。
というか、
ホントに何て言うんだったかちょっと混乱したよ。
“お金がエンの切れ目”、じゃなくて。
というか、
ホント混乱する、ってのが何と言いましょうか。
2007.06.29
打ち上げとかいう
会の帰りにサン・ジュストが、
フランス革命のテルミドールの、
クー・デタの時に言ったとかいう、
「私はいかなる党派にも属さない。
すべての党派を打倒するつもりだ」
を泥込みでアタマに来る電車の中で、
ほっかりと思い出してはったりとしては、
そう悪くねえなとそりゃはったり以上では、
ないけれど少なくても元気は出てくるかと。
2007.04.20
利尿作用敏感体質
という体質、言葉はさっき自作。
コーヒーを飲むと約7分に約1回はトイレに、
行きたくなる性格でとにかくトイレばっかに、
行きまくりつまりトイレにしか行かないトイ、
レのトイレによるトイレのための1日だった。
代々木で焼鰺定食を食って帰る。
2007.04.19
大相撲調節池
別に鉄道好きでもないのに、
JR武蔵野線の地図を見ていたら、
大相撲調節池というのがあって目を見はった。
大相撲を調節するというのはどういうことなのだろうか?
番付編成会議のことか?
でもあれは力士を調節するのであって、
大相撲を調節するわけではない、というか、
大相撲を調節する、って意味になってんのか?
しかも池である。
池が大相撲を調節するのだろうか?
ご存知のように池は物体である、いや、物体か?
池ってのは実際は土と水で、
池という何か実体があるわけではない。
その実体のない名称の土と水の集合体が、
力士を調節するのではなくて大相撲を調節するのだ。
意味が取れない。
いや、池調節大相撲ならまだ何とかなるかもしれない。
池のことを調節する大相撲大会か何かなのだろう。
しかし大相撲調節池だ。名詞として無茶だ。
というか、ここまで討論を進めてきて、
大相撲がスモウじゃなくサガミで大相模だった、
ことに気がついたなんて、やっぱり言い出しにくいのが、
人情というものなのだった。
2007.03.08
松井元博士
松井元博士、というのが資料に出てきた瞬間、
大問題の予感がした。“カン”で韻を踏んでみた。
すぐわかるように、博士の松井元さんなのか、
元博士の松井さんなのか、すぐわからないからだ。
もちろん常識的に考えればね、つい指が滑って、
“ね”なんて打ってしまい、いきなり“ね”が出ると、
出し抜けに馴れ馴れしいムードで驚くのだけれど、
まぁその常識で考えると、“元博士”なんて肩書きは、
あまり聞いたことがないので、松本元さん説の方へ、
ついフラフラとイッてしまいそうになる。しかしながら、
常識の奴隷になってしまっては元も子もないだろう。
正式にオフィシャルに言えば、元本も利子もないだろう。
そこで常識を敢えて離れてみる。すると元博士も、
決してあり得なくないわけではなかろうというのがわかろう。
博士というのは、元か現かで判断しなければならないのだ。
でなければ元も現もないだろう。正式にオフィシャルに、
言えば、元クロスも現チャリもないだろう。そう。元クロスに、
現チャリ。確かにムリがあった。ただ、大問題の予感は、
正解、青函トンネルだった。“カン”で韻を踏んでみた。
松井元博士は思考を止める。歯槽膿漏と似てる。気のせい。
2007.02.15
2007.01.19
今日のウルトラセブン
といってもMXで先週だか今週だかやったやつの録画、
を夕メシ時に。
最新鋭の兵器でメカ・マニアの心をいつも躍らせてた、
ウルトラ警備隊なのだけれど、
湖に連れ去られた“只の”通信隊員を捜しに、
いきなりゴム・ボート(しかも、ソガとダンが手漕ぎ)が、
画面にキコキコ登場したのに、家の連中大ウケ。
(「モーターボートぐらい使えよー」)
しかしながら、それより気になったのが、
そのゴム・ボートにはちゃんと警備隊のマークと、
英略字のロゴが入ってたのだけれど
(さすが警備隊、すげえ!ゴム・ボートなのに)、
その略字ってのが、一時停止でその場で調べたんだけど、
「T.D.F.U.G.」
何となく、Dはディフェンスで、Fはフォースかな?
とか言い合ってて、Uはウルトラだから、そうか、
Gはガード何たらで、ウルトラ警備隊だ。
その前に来るのは“地球防衛軍”だろうから、
じゃあ、Tは、え…もしかして、
“地球”の“ち”?
2007.01.03
熟れてない葡萄
朝一番に駆けつけたり、
2時間も3時間も並んでまで、
見なきゃいけない、てぇほどのもんではないな。
そんなに見たきゃフロリダ行きゃあいいわけで。
アメリカってのが致命的な傷だけど。
ま、あったかきゃいいか?
フィラデルフィアにも寄って、か。

ところでAvida Dollars=ドル亡者だけじゃなくて、
塩=salを使った穴蔵がもう1つあったと思ったけど、
記憶違いだった?
2006.11.22
台湾独
事務所でウェブのニュースを見ていたら、
記事の中に“台湾独立派”という言葉があり、
ただ、“台湾独”のところで改行されていたので、
画面上では、
台湾独
立派
みたいな表記になっていて、
通りすがりにそれをのぞき込んだ若手の子が、
「“台湾独”って何ですか?」
と、唐突に聞いてきたので面食らったのだけれど、
台湾というのはね、
知っての通り国土の面積が狭いから、
どこかの場所や空間を一人で占有するってのは、
つまり“独”ってことだけど、それだけで、
賞賛されるべきステイタスなんだよで“立派”だと。
すると間髪入れずに、
「へぇー、そうなんですかぁ!」
と納得してもらえた。
よかった。
2006.11.06
2006.09.29
天高く馬肥ゆる秋刀魚の味スターバックスタンドリーチキン
小説については、
20年ぐらい前に「失われし時を求めて」を読んで以来、
ほとんどと言っていいほど読んでいないので(師匠を除く)、
人気作家が誰か、とか、そういうことすらも、
よくは知らないのだけれど、保坂和志という作家がいて、
折に触れ、興味をひかれる人だと、
よくは知らないくせに、思ってる自分がいるのだった。
その保坂さんのあるエッセイでこういう箇所があった。
小津の「長屋紳士録」という映画の中で、役者が喋る、
江戸の下町言葉が快いというエッセイを読んだ話なのだけど、
ある下町言葉の台詞に対し、
“何だかとても懐かしい言い回しを聞いたように思い、
すっかりシビレてしまった”、と書かれてる所に彼は引っかかり、
調べてみると、そのエッセイの著者が、
埼玉生まれであることがわかって、非常に違和感を覚えたらしい。
もちろん生まれが埼玉であっても、少年期を下町で過ごしたとか、
下町言葉を喋る親戚がいたとか、ならそう問題はないのだけれど、
彼はこのように書く。
「せめてそれぐらいの関係が下町となかったら「懐かしい言い回し」というのはおかしいんじゃないか」
そしてこう続ける。
「敢えて文章を書く人間として、言葉と気持ちの接合点だけはいい加減に扱ってはいけないと私は思うのだ」
“いい加減に扱っている”例の方は、
あらゆる所でいくらでも見出せるだろう。
CMやら雑誌やらのコピーから、
個人的には、某ニュース番組の第4学区司会者が、
ウィルスのように広めたと思ってる、
空疎な修飾語満載の“話芸”アナウンスまで。
第1学区出身者としては、
いい加減に扱われると癇に障る。
もちろん「文章を書く人間」以外の人には、
“まみれるな!”って程度の話なんだろうけど。
広告屋の“芸術”や“スポーツ”に。
でも「文章を書く人間」は、そんなに少なくもないと思う。
2006.09.06
2006.09.02
寿司の日
だったんだけど、昨日は、実は、
しかし寿司を食べには行けず、
とあるジャズ店の柿落としに顔出し。
7時から生バン入り。
ベースは知ってる子でちょっと苦笑だった。
パーカーで始まって、オリジナル、
あとはウェイン・ショーターやジョイスなんて所まで。
それともこれ↓?

大塚かよ。
いずれにせよ、
寿司の日にはやっぱり寿司を食べた方がいいと思った。
結局午前帰り。
ちなみに柿落としと柿落としについては要参照。
2006.06.05
2006.05.31
私のモナミ
という、
訳すと「私のマイフレンド」みたいな、
激しく頭の頭痛が痛い歌が、
昔あったみたいだけれど、
(↑いきなり歌出る注意)
その、まさに“私のモナミ”、
訳すと「私のマイ網」なのだった。飲ま飲まイエィ!
というか、母親がよくいる物持ちな人で、
昔ガキの頃に使ってた、タモってやつですか?、
訳すと要するに「網」を、
捨てずにずっと押入に突っ込んでて、
この前片づけをした時に出てきた、というそれが、
余りに何と言うかだったんで写真に撮ってみた。
ま所詮、駄ブログなんで。
2006.05.01
“しゃちほこばる”への欲望
と書くと、何かいやらしいことを書くかのように、
とりわけ“欲望”の部分に、
それを感じさせるかもしれないのだけれど、
いや、“感じさせる”と言っても別に、
うっふんあっはんさせるわけではないのだけれど、
何かいやらしいことが書かれるのかと思うのなら、
それは違う。
いや、いきなり文字を大きくされても、
そもそもタイトルが何だかよくわからないところに、
それは違う。
と、唐突に言い放たれても何だかなあ、だろうけど。
要は、しゃちほこばるについて書きたくなったのだった。
そこで、
まずしゃちほこばるを二つに分割してみる。
この、しゃちほこばの二分にあたって、
しゃちほこ/ばる、が一般的な分割位置と、
通常なら考えがちなのだけれど、
そうは問屋が卸さない。
問屋が卸さなければ産地直送だ。
すなわち、しゃち/ほこばる、という、
いわば産地直送二分法もある。
では、しゃちはシャチとして、
ほこばるとはいったい何なのだろうか?
クロアチアのドナウ河畔にブコバルという街があって、
悲愴な映画になったりもしているのだけれど、
ほこばると何の関係があるんだ。
そう考えると、ばるだって変だ。
バールか?
しゃちほこバールか。
持ちにくそうだけど。じゃ、ほこバールは?
まさかと思うけれど、矛バールか。
シャチの矛バールだ。
いや、「シャチの矛」がブランド名かもしれない。
鯱対鯱の矛。
鯱と書いてシャチともしゃちほことも読むらしいので、
人によってはシャチ対しゃちほこのほこ、
と勘違いする輩がいるかもしれない。
でもしゃちほこのほこ、というのは、ほこのほこ、
の部分がちょっと気持ちいい。
気持ちいいだなんてやっぱり、
ちょっといやらしかったわうっふん。
2006.03.22
自慢
こう見えても実は、
若者言葉にはめちゃくちゃ詳しかったりするわけで、
若者言葉、なんて言ってるところからして実は、
怪しかったりもするわけなんだけど、
たとえば、“マジかの”。
「マジな彼女」ってなことぐらいは、
まあ言ってみりゃ、おちゃのこサイサイなわけである。
うぅ、おちゃのこサイサイか。
特にサイサイあたりには、
当然引っかかるわけなんだけど今日のところは目を瞑ろう。
とにかく、
“マジかの”ぐらいは、初級も初級、
初級って字にしんにゅうがつくぐらい、ってな勢いである。
そこで、
↓これだ。
もちろん“マジかの”の正反対語ってことは、
わざわざ言うまでもないだろう。
「何人かハジかのはいるんだけどさぁ、
そろそろマジかのが欲しいんだよね、俺も」、
ってな具合に使うわけである。
ま、ヤングなら知ってて当たり前なんだけど。
で、“マジかの”は、
繊細な体調を少しでも崩したら、
すぐにでも聖フローケ病院あたりの高級病院に、
連れていかなきゃなんないんだけど、
“ハジかの”は、上の写真にあるような、
そこらへんの専用の医院で、
下痢止めでももらってりゃあいいわけである。
って、扱いひどくてちょっと可哀想だね。
2006.02.27
しましたか?
これは、おやじとかおばさんに聞いてるのだった。
なぜなら、今ロックしてるワカモノとかに聞くのであれば、
「ロックしてますか?」と現在形になるはずだと思う。
しかしながらこう聞かれたおやじは、
「ふっ。今でこそこんな冴えない大人になってっけどな、
オレも昔はちょっとしたワルだったんだよ」と、最初のふっは、
何だよというかそんなこと誰も聞いちゃいやしないんだけど、
誰もがみなニヒルにそうつぶやいてみるのだった。
でも文面が過去形なのはまだそのように解釈できる、
としても、文面がですます調なのは依然として謎である。
そんな風に呼びかけ口調で聞きたいんだったら、
ふつうは「ロックしたか」だろう。
エイちゃんなら「ロックしてるかい、いえい」だ。
いや、それはエイちゃんじゃなくてキヨシローか?いえい。
例えば過去形で「お前は燃えつきたか?」と、
そう聞かれるとカッコイイというか、
そう聞かれれば何かまるまる自己陶酔できるのであって、
「お前は燃えつきましたか?」では2ちゃんだ。
ロックに丁寧語は似合わないぜ、
とおやじはまたニヒルに笑って花輪君みたいにベイビィ、
煙草をくわえて火をつけてみせるのだった。
もらい煙草に100円ライターで。
つまり「しましたか」って上品なんだけどそれでいて不良。
モテる要素が満載…なのかはよくわかんないんですけど、
少なくとも直接的に「ロックしたか」なんて聞かれた日には、
口ごもってしまうだろう、ロックしたようなしないようなだし。
というか、もしかしたら学級委員風の大人の人に、
聞かれてるというシチュエーションなのかもしれません。
ということならそりゃもうやっぱり「ま、おれだってあの頃は、
酒と薬と女とスピードにあけくれてたからな」
と、どの頃のあの頃か自分でも不明なんだけど、
おやじはふっと髪をかきあげてみせるのだった。
かきあげるほど髪ないけど。かきあげそば。下ネタかよ。
2006.02.22
全国茶蘭放研究会
の皆さん、こんにちわ。
すっかり2年越しになってしまいましたけど、
昨日ですね、梅原猛さんという哲学者さんの、
文章を読んでたらですね、
(前略)…その他「みやげ」「まろうど」「みじめ」「しっかり」「しんどい」「ちゃらんぽらん」などのような日本語では由来を説明できない言葉も、アイヌ語では容易に説明される。
という、
寝てないけど目のさめるような部分に出くわしたので、
ここにご報告する次第であります。
すなわち「茶蘭放乱」はですね、
ちゃらんぽらんどころか、
縄文語の伝統を今に受け継ぐ、
由緒正しき言葉だったのです。
いやすごい。
何がって、
ちゃらんぽらんって言葉が一番残ってる、ってところが。
2006.02.15
既定路線
「前」と名づけられてるからには、
少なくとも盗聴が行われてないことは、
明らかにされてるわけで、
一見、安心であるかのように、
聞こえはするのだけれど、
というか、聞こえはするのだから、
それは「一見」じゃないのだけれど、
つまり正確に言うなら、「一聞」なのだけれど、
「前」と名づけられてるからには、
いつ盗聴があっても不思議ではないわけで、
おちおち安心して住んでなどいられない、
というか、件の耐震疑惑なんかより、
安心できない世の中だと、
痛感してみたのだった。
ツーカン。
正確にいえば、耐震疑惑じゃなくて、
耐震強度偽装疑惑だった。
耐震疑惑じゃ、耐震がウソみたいである。
たいかの耐震。
なかのおおえのおおじ。
早口言葉ではないのだと、
痛感してみたのだった。
2005.11.18
ミシンと蝙蝠傘の偶然の出会いのように
解剖台 の上の、ミシンと蝙蝠傘の偶然の出会いのように美しい。
と書いたのはイジドール・デュカスさんだけど、
(余談だけど、この微妙な中黒の入れ方ってのも…。苦笑。
そっかー。ロートレ亜門さんだったのね。ロートレという名前も、
ありゃ凄いけど。目薬かよ。ってそれはロート)
んじゃこいつはどうだ、

ってな感じのマルドロールなお触れ書き。
駐輪場のことを“自転車等駐車場”と呼ぶらしいのも、
初めて知ったわけなんだけど、
その“等駐車場”と“犬の散歩”の出会いが素晴らしい。
何でまたそんなスペースもない所で出会う?
2005.11.09
2005.09.27
2005.09.05
電力
会社は、Electric Power何とかだけど、
消防署は、Fire Stationというらしい。
駅だけじゃなくてデパートもあるみたいだ。
ワザの百貨店ってのがあったけど、火の百貨店。
百貨店なんて誰が言うんだ今どき。
2005.08.31
二度あることは仏の顔もぴりりと辛い
学校へ行ってた頃、
“亨”という名前の先生がいて、
どういう先生かというと、
「まぁお前らも若いから、
授業中に競馬放送聞いてようが(土曜日)、
トイレで下級生カツアゲしてようが、
図工室でヤバ目の商売してようが(薬だけは御法度)、
校舎の屋上で楽しく異性交遊してようが、
何してたって構わないけどな、
ただ1つ。俺の名前だけは書き間違えるなよ。
もし、万に一つでもそんな常識外れをするような奴がいたら、
もちろん学校から叩き出すからな」
というような、稀に見る人格者な方だったのだけれど、
学校を出てからン十年経ったこの前、
たまたま客のお偉いさんに“亨”という名前の人がいて、
それがまた、“享”となってたのをうっかり見逃してしまい、
とっても偉いことになってしまってクビになった。
まるで、
下腹部は痣萎える罠の如しだ。
意味わかんないけど。
2005.08.23
2005.07.27
漢字造語機関
知ってる人には別に今さらな話なんだろうけれど、
中国には漢字の造語の専門機関があって、
1日平均3語、1年間でだいたい1000語、
の造語を作ってるのだそうである。
例えば“コンピューター”を「電腦」とかするのにも、
何せ高い税金を使ってやってる(←想像)専門機関なわけだから、
パッと見て意味がわかるよう、かといって難解にならないよう、
たぶんに考えオチみたいなことも細心に避けながら、
血の汗流し涙も拭かず考えに考え抜いて発表してるのだろう。
日本だったら簡単で、
とりあえずカタカナで“コンピューター”とするだけ。
それを考えると、造語の労力の大変さがよくわかる。
だって漢字しかないんだもんなぁ。
1日平均3語じゃ世の中に追いついてもいけてないだろうし。
そりゃ繁体を簡体にでもしなきゃ、やってらんねえだろう。
でもまあ、そんな中華事情は話のポイントではなくて、
問題はその造語機関。
そこにとても興味があるのだった。
誰か知り合いで勤めてる人がいたりしないだろうか。
2005.07.11
合致
って言葉を本とかで見ると、
見た途端に「Papa's got a brand new bag」が、
頭ン中でガンガン鳴り出すんだけど、
なんでだ?
ファンキー・ワードなのか?
何だファンキー・ワードって?
合致、合致、合致、合致、
…オーティスじゃないでしょうかむしろ。
2005.05.25
2005.03.09
バレンタイン自慢
バレンタインの日にたまたまここの前に居たら、
可愛いっぽいカードと青い包み紙、っていうか、
青いビニールっぽい、要はビニールを手渡されてしまった。
ドッキンドッキンして、とりあえずは急いでカードの方を裏返し、
贈り主欄を見たら、そこに蛍光ペンで「魚より」だって。
魚より(青いビニールの)魚を贈られてもなぁ。
共食いじゃねえかよ、じゃないな、共食わせ?
いや、「魚より」って断言されるのもどうかと。
自分はまぁいいけどさ。魚好きだし。
とはいえ魚よりの反対はやっぱ「肉より」、なんだろうか。
「右より」と「左より」みたいにいがみ合ってたり。
でも世の中には、「野菜より」だっているだろうし、
おかずとしてみれば「ラーメンより」だっているだろうそりゃ。
でもやっぱ、魚と肉は2大巨頭で、
ここ何年かはお互いに歩み寄ることができなかった。
…と思いきや、
写真では光をわざとくっつけて見えないようにしたのだけれど、
「魚より」の「り」の字の隣りには、実は赤いマジックで小さく、
「肉」と書かれているのだった。魚より肉。
なんだ自虐ネタかよ。
2005.02.02
2005.01.20
バイバイと手を
昨日、電車に乗ってた時のことなんだけど、
仕立ての良さそうなスーツとか着たいい大人が2人、
お互いに手を振って別れるシーンに遭遇した。
「そうか、手など振ってしまうのかぁ」、
…と、話は普通そっちの方向に向かっていくんだろうけど、
そんなことより問題は、「いい大人」なのだった。
「いい大人」ってのはたぶん、
「いい年をした大人」のことじゃないかと思う。
「いい年をした大人」かぁ。
でも、「いい年をした大人」の略じゃないとしたら、
「いい大人」の反対は「悪い大人」で、
その「悪い大人」であれば、もう大手を振って、
手ぐらい振って別れたって、
別に構やしないってことになる。論理上。
というか、手を振って別れるような大人は、
ずばり「悪い大人」であると言っても差し支えないだろう。
…と、ここまで熟考してきたところで話を唐突に戻すけど、
では「いい年をした大人」の「いい年」とは、
いったい何才ぐらいを指してるんだろうか?
成人、というキリのいい20才台か? 大台の30代か?
果てまた厄年もある40代か、厄年のない50代か?
…と、ここで自分の発見を言えば、
それは、「区切りのいい年をした大人」のことなのだった。
まぁ個人的なことを言わせてもらえれば、
「区切りのいい大人」になるのは許せても、
「悪い大人」になるのは許せない、ってところだ、と言いつつ、
結構手は振ったりするような気もする。
まるでスターだね。スター気取り。
2005.01.06
歩く歩道
とある旅行関係の原稿を読んでたら、
空港に集合する所で「歩く歩道」ってのが出てきた。
で、“何だよ歩く歩道ってのは。
そのまんまじゃねえかよ”と失笑して訂正を入れようとしてたら、
好奇心旺盛な仕事場の仲間が、一応ってことで、
物好きにもネットで調べてくれた。
…と、
「歩く歩道」とも、実際に、
言われてるらしいことが判明した。
検索していくつか見てみたけど、
どうも関西圏、特に大阪でそう言われてるようである。
いやあ無知は怖いと言うか、
知識あっての物種と言うか、言わないけど、
物事って単純には推し量れないんだなあと、
人生の真理にまた一歩近づいたのだった。
もちろん、
原稿に訂正を入れなかったことは言うまでもない。言ってるけど。
2004.12.10
日活のCSで
日本の監督の中では結構好きな、
廣木隆一監督の「君といつまでも」を今月やってて、
見るともなく久しぶりに(10年ぶり?)見てたら、
そういえば最近、早川義夫御大が、
(「君といつまでも」は彼の曲が主題歌になってる)
↓な風にいってたことをふと思い出して書き留め。
昔「友よ」という歌が歌えなかった。 合唱が恥ずかしい。歌いたければ歌い、 歌いたくなければ歌わない。それが歌ってることなのにと思う。
2004.10.25
OはOである
英語が堪能、ってわけじゃないけど、
これくらいならもちろんわかるわけで。
おー、いず、おー。
なめんなよ、って感じ。
いや、なめんなよ、っていうより、
ななめだよ、って感じ。

おーいずおーは、途中で通った。
2004.09.30
はたと膝を打つ
とりあえず“はたと膝を打つ”の“はたと”の部分は、
“はた”という擬音語ではなくて、
大まかに調べたところでは、“急に”というような意味の、
副詞であるらしい。はたと=いきなり、に近い感じ?
辞書には、「はたと出くわす」みたいな文例があった。
でも問題は、“はたと”にあるのではなくて、
“はたと膝を打つ“という行為にあるのだった。
最後に”はたと膝を打った“のは、いつだったろうか。
そもそも“はたと膝を打つ”なんてことを、
したことがあっただろうか?普通、あるか。
そう思うとはたと“はたと膝を打”ちたくなってくるから不思議だ。
何だか通常より甘い基準ではたと膝を打ってしまいそうである。
はたと膝を打つほどのことでもないのにはたと。
心のこもってない形ばかりのはたと膝打ち。
はたと膝打ち界では完全に邪道と見なされている。
しかしそんなはたと膝打ち界にも。
新しい波が押し寄せようとしていた。
2004.09.11
君が代問題
単刀直入に書くと、最後のところである。
周知の通り、「苔のむすまで」という言葉で終わるのだけれど、
この歌を初めて歌わされることになった時、
いや正確には初めての時なんか覚えちゃいないんだけど、
とにかくまぁそんぐらいの時、
何よりまず、これじゃ歌詞が足んなくないか?と思ったわけだ。
つまり、「こぉけぇのぉ~、むぅすぅまぁでぇ~フンフフフン~」、
その「フンフフフン~」のところが字足らずで、
歌的に非常におかしいんじゃないのかと。
だってさ、「こぉけぇのぉ~」と来りゃ続く部分だって当然、
同じように進行すると考えるのが普通の人間なのであって、
まさか、「こぉけぇのぉ~、む~う~す~う~ま~ああで~」と、
いきなり特殊な変格活用をするなんて、思ってもみないわけで。
結果、小学生の自分にはどうしても納得が行かず、
以降、実際の歌の場面でとりあえず譲歩はしたものの、
心の中に大きな闇を抱えたまま、今に至っているわけである。
ひょんなことから、その屈託を思いがけず、
現代の小学生たちに吐露してみたのだけれど、
単に大爆笑されただけで終わってしまった。
問題の根はかなり深いと見ている。














